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資力を喪失した場合の非課税規定 - 減額更正で税金は全額還付

 所得税法9条1項10号は、債務の弁済のために土地・1668建物等の資産の譲渡をし、資力を喪失した場合の非課税を規定しています。

 自営業をしていた人が倒産して、担保に入れていた土地・1668建物を競売された場合、会社が倒産し、連帯保証をしていた社長が、担保に入れていた自宅の土地や建物などまで売却して、後に何も残らなくなってしまった場合などがその例です。

 もっとも、それとは別に、保証債務の履行のために資産の譲渡をし、主債務者にそれを返してもらうことができない(求償権の行使が不能)場合については、前号に述べたように、その回収不能額は譲渡所得の計算上なかったものとみなす規定(所得税法64条2項)がありますが、9条1項10号の場合は、これより深刻で資産の譲渡により資力を喪失してしまったときに適用されるものです。

 景気の先行きがまったく見えず、金融機関の貸し渋り、貸しはがしで資金繰りの道を絶たれ倒産に追い込まれる例も決して少なくない昨今、これらの所得税法上の規定を熟知しておくことも必要と思われます。

 事件は、弁護士からの一本の電話から始まりました。・事情は言えないが、自宅の土地・1668建物を売却しなければならなくなったので、税金がどのくらいかかるのか計算してほしい」というものでした。弁護士には守秘義務がありますから、どういう事情で自宅の土地・1668建物を売ることになったのかを聞くわけにはいかず、通常の場合の税額計算をして回答しました。

 売却予定の建物は、親から相続した借地上に建っていたものを、8年ほど前に地主と、借地権と底地の交換をして半分ほどを取得し、その時、建物を全面的に建て替えたという経過があって、土地の交換については取得の時期と取得価額の引き継ぎがありますが、建物は建て替えてから10年を超えてはいませんでした。

 租税特別措置法31条の3第1項には「個人がその有する(居住用)土地等又は建物等で、その年1月1日において第31条第3項に規定する所有期間が10年を超えるもの」については、通常の長期譲渡の場合の税率20%にかえて10%の軽減税率が適用されることが規定されています。

 ところが、この規定は、同時に譲渡される建物も所有期間が10年超の場合に限って適用できるという別の規定があって、結局、全体について3000万円の特別控除後の所得について20%で課税されることが判明しました。専門家でさえ読み誤まるような規定(措置法の規定の多くはそうで、『解説書』を読まないと理解できないものがありますが、私は解説書よりも条文を大切にしています)の仕方自体が問題ですが、私のこの「うっかり」が納税者を救ってくれたのは皮肉です。

 依頼を受けた譲渡所得について10%の軽減税率を適用して申告したところ、所轄税務者から電話があり「0%の軽減税率は適用できません」と言ってきました。税金の差額分と過少申告加算税、延滞税などは、税理士の責任として負担しなければいけないのかと重い気持ちで担当弁護士に「可能な範囲で譲渡の事情を説明してくれませんか」とご相談したところ、納税者は、詐欺の被害にあって、税金分だけ残して家を土地ごと取られる破目になってしまったものだということが分かりました。

 つまり、所得税法9条1項10号に規定する「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」にストレートに該当することになり、もともと所得税を納める義務はなかったのです。

 従って、税率の適用が誤っているので修正申告をするどころではなく、既に納めた税額について減額更正してもらい、還付を受けることができます。

 所轄税務署にはその旨を伝え、必要最少限の文書を添附して減額更正の請求をしました。更正通知書は7月末ころにきて、それから間もなく納税者の預金口座に還付加算金が付いて振り込まれてきました。

 債権者には、税金分を残したところで売却代金の配分を済ませていましたので、還付された税金は、債務者である納税者の手元に残り、苦しい生活費の一部に充てられ、一息つくことができました。

 これは、私の不手際が原因で起きた問題ではありますが、禍いが転じて福となった事例です

(せきもと ひではる)

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