(事実)
被上告人(一審原告)は、セブン-イレブン・ジャパン(上告人)との間にコンビニエンスストア経営について、平成7年に加盟店基本契約を結びコンビニエンスストアを経営して来たが、上告人が独自に規定した「売上総利益」に一定率を乗じたロイヤルティを上告人に支払って来たが、上告人の定めた売上総利益は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準とは異なり、通常の売上総利益に商品廃棄損、棚卸減耗損、仕入値引高を加算したところで計算される方式をとっていた。

ところが、基本契約上は売上総利益についての規定が明確でなく、売上総利益とは一般に公正妥当と認められる会計処理の基準によれば、商品廃棄損、仕入値引高、棚卸減耗損などを調整した後の額と解すべきである。したがって被上告人が支払って来た商品廃棄損、仕入値引高、棚卸減耗損に係る部分のロイヤルティーは上告人の不当利得であるから返還せよとの請求をした。一審は原告敗訴、控訴審は逆転上告人敗訴となったので、上告人はこれを不服として上告した。上告審は、一審原告を敗訴とし、基本契約の錯誤無効の主張について審理するよう高裁に差し戻した。 |
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(判旨)
本件で問題となるのは、加盟店基本契約書に記載されている売上総利益という文言のうち「売上商品原価」の中に廃棄ロス原価及び棚卸ロス原価が含まれるか否かという点である。しかし、セブン-イレブン・ジャパンが作成し、当該店舗に備え付けられていたシステムマニュアルの損益計算書についての項目には「売上総利益」は売上高から「純売上原価」を差し引いたものであること「純売上原価」は「総売上原価」から「仕入値引高」、「商品廃棄等」及び「棚卸増減」を差し引いて計算されることなどが記載されていたこと、これらの事情によれば、本件条項所定の「売上商品原価」は実際に売り上げた商品の原価を意味し、廃棄ロス原価及び棚卸ロス原価を含まないものと解するのが相当である。そうすると、本件原価は、上告人(セブン-イレブン・ジャパン)方式によってチャージを算定することを定めたものとみられる。

以上と異なる原審の判断は、本件契約の解釈を誤った違法があり、原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。被上告人は本件条項について錯誤無効の主張をしているので、この点について審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻す。 |
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(研究)
この判決は全員一致の意見でされたものですが、4人の裁判官のうち2人の裁判官のかなり重要と思われる補足意見がつけられています。
それは、次のようなものです。

本件条項の定め方が明確性を欠き、疑義を入れる余地があり、それが本件のような紛争を招いた原因であること、また、加盟店基本契約は上告人が一方的に定めたものであり、加盟店となるためにはこれを承認するしかないなどの事情があるので、加盟しようとする者がチャージの計算の中に商品廃棄ロス原価等が含まれることを明確に認識できるよう規定することが望ましい。また、そのような規定を設けることが困難であるという事情も存在しない。商品廃棄ロスや棚卸ロスが加盟店の負担となることは当然としても、これらについてもチャージを支払わなければならないということは契約書上一義的に明確ではなく、被上告人の主張も肯ける。場合によっては、本件条項が錯誤により無効となることも生じうる。

上告人が一方的に作成した本件契約書におけるチャージの算定方法に関する記載には問題があり、契約書上明確にその意味が読みとれるような規定ぶりに改善することが望まれるところである。

この補足意見は、補足意見というよりも、むしろ反対意見といった方が適切なものということもできます。この補足意見によれば、セブン-イレブン・ジャパンが一方的に作成した専門家をしても一義的な解釈ができないような基本契約は、その意味内容が十分わからずに調印した善良な加盟店オーナーを混乱させ錯誤に陥らせるようなものであるといえます。そこで、まず、その実態についてみておきます。 |
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(1)セブン-イレブン・ジャパンのコンビニエンスストアに係るフランチャイズ契約に基づく取引の実態

これら2つの最高裁の判決を正しく理解するためには、セブン-イレブン・ジャパンが各加盟店オーナーとの間に結んでいる「加盟店基本契約」の内容とコンビニエンスストアセブンイレブンの営業の実態を知っておくことが不可欠の前提となります。この点については、実際にこの訴訟に深く関与された北野弘久日大名誉教授(以下「北野教授」と略称させていただきます。)も、本誌556号(08年6月号)、557号(同7月号)、563号(09年2月号)、566号(09年5月号)で詳しく述べておられますので、なるべく重複をさけて、判例を理解するうえで必要と思われる点を述べておきたいと思います。 |
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(2)セブン-イレブン本部(以下「本部」という)と加盟店オーナー(以下、「オーナー」という)の関係

セブン-イレブンのコンビニエンスストアを経営しようとするオーナーは、本部との間で加盟店基本契約を結び、本部の指導、援助を受け、本部はオーナーの仕入、支払事務、会計帳簿の作成さらには税務申告書の作成までを行うこと、これに対して、オーナーは、その対価として本部が定める「売上総利益」に別に定める一定割合を乗じた「セブン-イレブン・チャージ」と称するロイヤルティーを支払うことになっています。

この契約では、オーナーは、独立した事業者であり、自己の責任で仕入れや支払いを行い、商品の仕入れは、本部から行うのではなく、オーナーが直接、販売する商品のメーカーから仕入れ、自分の責任でその代金を支払い、店舗の営業に必要な人件費、水道光熱費、消耗品費などの費用を負担することになっています。

ところが、実際には、オーナーは、本部が指定する仕入先(これを「推奨仕入先」という。)の商品を本部が統括する集配センターから仕入れ、これをバーコードでメーカーがつけた値段で販売し、仕入れ、販売に係るすべてのデータをオンラインで本部が把握し、そのデータに基づいて各加盟店の毎月の損益計算書を作成することになっています。

各オーナーの売上金は、翌日に全額本部に振り込み納入することになっています。一方、本部は、仕入代金を毎月末日に締め切り、翌月末日に納入業者に支払うことになっています。したがって、本部では、最長で約60日、最短で約15日、平均37.5日間はオーナーの売上代金を無利息で運用することができることになります。その運用可能金額は、加盟店の年間売上高が2兆6000億円超(09年3月期)ですから、平均37.5日分として2,600億円を超えることになります。

このように本部は実質的に加盟店を支配する関係にありますが、法律上は、仕入れはオーナーとメーカーの取り引きであり、本部は事務の代行をしていて、その対価として「セブン-イレブン・チャージ」として法外なロイヤルティーを徴収しているというのが実態です。これは、民法上の準委任(民法656条)の性質をもつものであるともう一つの最高裁二小判決(平成20年7月4日)は結論づけています。その準委任に係るサービスの対価が「セブン-イレブン・チャージ」ということになります。 |
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(3)「セブン-イレブン・チャージ」算定の詐欺的な方法

われわれが習ってきた正規の簿記の原則や一般に公正妥当と認められる会計処理の基準によれば売上総利益は、売上高から売上原価を差し引いて算定されることになっています。そして、売上原価は、期首商品棚卸高に期中の仕入高を加算して、そこから期末棚卸高を差し引いて計算します。この場合、期中の仕入高は日常的な取引きで生じる仕入れ値引きや返品額を控除して計算します。

また、仕入れた商品に不良品や廃棄損が生じた場合はそれがその事業者の責任に帰するものであれば実際の棚卸高を期末棚卸高として、廃棄した商品の原価は自動的に売上原価に算入されることになります。

ところが、加盟店基本契約には、その取扱いが、明示的に規定されておらず、各加盟店に配布されている「システムマニュアル」の損益計算書についての項目に「『売上総利益』は売上高から『純売上原価』を差し引いたものであること、『純売上原価』は『総売上原価』から『仕入値引高』、『商品廃棄等』及び『棚卸増減』を差し引いて計算される」と記載されているだけです。

つまり、このシステムマニュアルによって通常の簿記会計の常識ではとうてい理解できないセブン-イレブン・ジャパン専用の「売上総利益」という概念を押し付けていることになります。これは、ロイヤルティの計算の基礎となる「売上総利益」をできるだけ大きくするための詐術といわなければなりません。本部作成のシステムマニュアルによれば、売上総利益は、簿記会計上の売上原価から、仕入値引高、不良品原価(廃棄商品原価がその大部分を占める)、棚卸減耗損を控除したところで算定することになるので、セブン-イレブン方式による売上総利益は、その本来の意味するところと全く異るものとなります。特にお弁当、おにぎり、牛乳類などいわゆるデイリー商品の売上割合が高いコンビニ業界では、この詐術的な「売上総利益」は決定的に重要な意味を持つことになります。

オーナーが自分の判断で発注し、多額の廃棄損を出したとしても、その原価がオーナーの負担になることはやむをえないことですが、ロイヤルティを計算する時に廃棄損や棚卸減耗損、仕入値引きまで売上総利益に加算して、その額を基準にしてロイヤルティを計算するのは明らかに不当であるといわなければなりません。本件訴えにより一審原告、二審控訴人、上告審被上告人の主張するセブン-イレブンの不当利得の大部分は、この廃棄商品原価にまでかけられたロイヤルティを指しています。

したがって、一審原告を敗訴とさせた最高裁の判断は、明らかに市民常識から理解できないだけでなく、確立されている会計慣行をも無視したものと言わなければなりません。 |
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(4)オープンアカウントの実態

本部は、加盟店の会計実務を全面的に受託していることは既に述べてきたとおりです。オーナーは、売上金を毎日本部に送金し、本部はその中から仕入代金の支払いを代行し、またオーナーが支払った経費のうち本部が経費と認めたものだけをそのオーナーの経費として毎月の損益を計算します。

この勘定科目は、加盟店各オーナーとセブン-イレブン本部との間のすべての取り引きを記載するもので、オーナー側からの入金と各オーナーの月別利益は本部のオーナーに対する債務として貸方に記入し、本部が支払った各オーナーの仕入代金や、オーナーの引き出し金は、本部のオーナーに対する債権として借方に記載する仕組みになっています。したがって、オーナーが家族従業員の給与や本人の生活費の支払いのためにこの口座から引き出した金額は、本部の債権として借方に記載されます。

この勘定の貸方に残高があれば、それはオーナーの本部に対する債権になりますが、生活費や家族従業者の給料などの引き出し額が多くなると、オーナーは本部に対して債務を負うことになります。その際、オーナーの債務については、本部は利息を徴収しますが、オーナー側の債権については本部はそれが多額であっても利息を支払うという規定はありません。したがって、オープンアカウントは、本部がオーナーから利息を取り立てるための手段にもなっています。

このことは、オーナーが毎日の売上金を翌日には本部に送金し、本部は仕入代金を月末締めで翌月末に支払うことによって、莫大な無利息の運用資金を調達できるのと比べて著しく不公平、不公正な規定ということになります。これも、本部の不当利得の一部を構成しているといわなければなりません。

したがって、オーナーを勝訴させた高裁の判決を破棄して原審に差し戻した最高裁第二小法廷の判決は、セブン-イレブン・ジャパンの詐欺的な基本契約に「適法」のお墨付きを与えたものとして厳しく批判されなければなりません。 |