行政不服審査法改正作業と国税不服審判所の問題点
東京会  関本  秀治
課税処分等に対する権利救済制度の現状
更正・決定など、税法上の処分については、原則として異議申立てと審査請求の二段階の不服申立てを経た後でなければ抗告訴訟(処分取消しの訴えなど)を提起することはできないこととなっています。これは、国税通則法(以下、「通則法」という。)に、「国税に関する法律に基づく処分で不服申立てをすることができるものの取消しを求める訴えは、異議申立てをすることができるものにあっては異議申立てについての決定を、審査請求をすることができる処分にあっては審査請求についての裁決をそれぞれ経た後でなければ、提起することができない」(通則法115条1項、カッコ書き省略)と規定されていることによります。

行政事件訴訟法(以下、「行訴法」という。)8条1項は、「処分の取消しの訴えは、当該処分につき法令の規定により審査請求をすることができる場合においても、直ちに提起することを妨げない」と、原則として、訴訟か不服申立てかを被処分者の選択に任せながらも、「ただし、法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定めがあるときは、この限りでない」と規定し、法律による不服申立て前置主義の強制を認めています。

通則法の異議申立て、審査請求の強制は、この行訴法の規定を根拠としていますが、不服申立て前置の強制は、最終的に裁判を受ける権利(憲法32条)を奪うものではないにしても、その権利を阻害することになるので、運用如何では憲法違反になる危険性もあるといえます。

行政庁に対する不服申立ては、一般的には行政不服審査法(以下、「審査法」という。)によることになっていますが、通則法80条はカッコ書きで、審査法の2章1節から3節までの「不服申立てに係る手続」を適用除外とし、税務上の不服申立ては、通則法8章1節の「不服審査」によるべきこととしています。したがって、審査法が適用されるのは、1章の総則、2章4節の「不作為についての不服申立て」、3章の補則だけとなっています。

通則法のこの規定は、昭和45年の国税不服審判所の創設を含む法改正によるもので、審査法の不服審査手続のほぼ全体について適用除外とし、通則法の中に自足的に不服審査手続規定を設けることになりました。この適用除外の目的は、税務行政の「独自性」を強調する結果となり、それが現在まで40年近く続いているわけです。

異議申立ては、処分庁に対して行なうものですから、異議申立てについての調査の過程で、処分庁として改めて調査をし直し(見直し調査)、もし見落としがあったら再更正もあり得るという有形、無形の圧力がかけられるという事態も考えられないわけではないという問題があります。

このような事態の発生を危惧して、昭和45年の通則法改正案を審議した国会では、衆参両院で附帯快議がつけられています。たとえば、衆議院大蔵委員会では、「納税者がためらうことなく自己の権利救済を求め、その主張を十分行ない得るために、いやしくも税務当局が不服申立人を差別的に取り扱うようなことのないよう、厳に適正な運営を確保すること」と明確に述べています。

鳴り物入りで発足した国税不服審判所も、当初は、以前の協議団制度に比べて多少なりとも改善されたものの、その後の運営の実態は、決して中立的な第三者機関といえるものではありません。

まず、審判官の身分保障の問題です。審判官は、弁護士、税理士、公認会計士、大学の教授、助教授、裁判官、検察官の経歴を持つ者、一定の地位にあった国家公務員であって国税に関する事務に従事した経歴を有する者の中から選任されることとなっています(通則法施行令31条)が、実際に審判官に任命された者は従来の協議団の協議官が主体で弁護士や判事、大学教授等の中から選ばれた者は極く少数でした。それだけではなく、審判官と執行部門である税務署長や副署長との人事交流が頻繁に行なわれて来ました。これでは審判所の第三者性を保つことはできません。

このような事情を反映して、国税不服審判所における処分の一部または全部取消しの割合は、最近の6年間(平成10年度から平成15年度)で16.1%、全部取消しの割合は、4.1%に過ぎません(第129回国税庁統計年報書236〜237ページ)。最近の全国国税局長会議に提出された平成18年度の速報値では、さらにその取消率が低下して、一部または全部取消しの割合は12.3%となっています。全部取消しの割合は示されていません。

税務行政の分野だけでなく、他の行政分野でも、不服審査での国民の権利救済の実態は決して好ましいものではありません。

平成18年3月に発表された総務省行政不服審査制度研究会の報告書には次のとおり述べられています。
国に対する不服申立ての件数は、異議申立ては全体で7,709件であり、これを関係する法律別にみると、国税通則法関係が6,359件とそのうちの82.5%を占め、以下、情報公開関係で427件(5.5%)、国税徴収法関係が242件(3.1%)となっている。審査請求は、全体で8,736件であり、これを関係する法律別にみると、社会保険関係(健康保険法、船員保健法、厚生年金保険法及び国民年金法)が3,220件(36.9%)、国税通則法関係が2,554件(29.2%)、労働者災害補償保険法関係が1,496件(7.1%)となっている。再審査請求は全体で1,153件で社会保険関係(528件)と労働者災害補償保険法関係(429件)で83%を占める。

次に、申立てが認容されたもの(一部認容も含む)の率をみると、国の場合、異議申立てについては、情報公開法関係が51.0%、国税通則法関係が20.8%であり、これ以外のものの認容率は約7%である。審査請求については、労働者災害補償保険法関係で17.7%、国税通則法関係で17.1%、社会保険関係で10.4%となっている。都道府県の場合は異議申立ての認容率が17.3%、審査請求では2.1%、政令指定都市の場合は異議申立てが25.0%、審査請求が1.0%、県庁所在市の場合、異議申立てが3.6%で、審査請求の認容率はなかった。
この報告書の数字を見るにあたっては、税法上の不服審査制度が、原則として異議申立てを審査請求の前提要件としているのに対して、他の行政分野では、原則として、上級庁に対する審査請求が一般的な制度となっていることを考慮する必要があります。

このような現状を反映して、最近、行政不服審査制度を全面的に見直そうという動きが活発になってきました。

また、税務行政についていいますと、消費税導入と度重なる改悪によって、消費税の課税事業者が急速に増加し、所得税では課税最低限以下で納税義務がない零細事業者でも、基準期間の課税売上高が1千万円を超えて消費税だけは課税事業者になるという事態が多発するとともに、記帳や課税仕入についての請求書等の保存が不十分であるという理由で仕入税額控除を全面的に否認するという消費税の構造上あり得ない違法な課税処分が横行するような事態も発生しています。

このような無法な税務行政が横行する背景には、わが国のおくれた課税庁の体質があることも見逃すことのできない点です。欧米先進諸国では、法律や政府宣言などによって、「納税者権利憲章」が制定され、主権者としての納税者の権利が手厚く保護されています。

わが国でも、税経新人会全国協議会を含む「納税者の権利憲章をつくる会」(略称TCフォーラム)が、ねばり強い運動を続け、平成14年には、民主党や共産党を含む全野党の共同で、納税者の権利を保障するための国税通則法改正案が国会に提出されるところまできています。さきの参院選で自公政権が大敗したことによって、遠くない将来に、わが国においても納税者の権利憲章的な法制度が実現する可能性も生まれてきました。
行政と国民との間の矛盾の激化
税務行政の分野では、前述のとおり昭和45年の通則法の改正によって、国税局、税務署など執行機関からは独立した国税不服審判所が創設され、一応の形式が整えられました。その実態は前述のとおり、十分機能していないことは周知の事実です。

他の行政分野についてはどうかといえば、昭和37年に制定された行政不服審査法が現在まで45年間全く手をつけられないまま放置されて来ました。

その間に、国内、国外の情勢は大きく変わり、経済の国際化、規制緩和、「行政改革」に伴う行政事務の一部の民間への委託、独立行政法人の出現などによって、行政不服審査法だけでは国民や住民の権利救済が十分機能しないという状態が生まれました。また、それと同時に、行政の透明性、公平性などが求められるようになったことも不服審査制度の改正を求める契機となっています。

このような背景で、平成5年には、行政手続法が制定され、平成13年には情報公開法が、さらに平成16年には「義務付けの訴え」や「差止めの訴え」などの新設を含む改正行政事件訴訟法が施行されるなど、行政活動をめぐる法制度は大きく変化しました。

昭和37年は、行政をめぐる法制度にとっては重要な年でした。行政不服審査法、行政事件訴訟法のほか、通則法もこの年に施行されています。行政不服審査法は第一臨調の、行政事件訴訟法は法制審議会の、通則法は税制調査会の答申に基づいて法案が作成されました。第一臨調は、行政不服審査法と同時に行政手続法についても法律案要網を示して法制化を要求していたのですが、官僚の抵抗によって行政手続法の立法化は見送られ、30年以上にわたって封印されていました。

国税通則法も税調の答申どおり立法化されたわけではありません。税調答申の中には、当初、1実質課税の原則に関する規定、租税回避の禁止に関する規定および行為計算の否認に関する宣言規定、2一般的な記帳義務に関する規定、3質問検査に関する統合的規定及び特定職業人の守秘義務と質問検査権との関係規定、4資料提出義務違反についての過怠税の規定、5無申告脱税犯に関する改正規定など、憲法上も税法理論上も見逃すことができない重大な問題点が含まれていました。

そのため、日本税法学会や中小企業団体、人格のない社団等の問題についてはこの法律が労働運動の弾圧に使われる危険性があるという理由などから総評などの労働組合も反対運動に起ち上がり、上記5項目は立法を断念し、これらを除外したところで法案がつくられ、国会審議では、さらに法案の一部を修正するなどして、昭和37年法律第66号として公布、施行されたものです。

戦後の高度経済成長政策の下で、日本の独占的大資本も着実に力をつけ、数度にわたる不況や好況を経て、自動車、電機、電子機器、機械、鉄鋼等の輸出拡大によって、世界第2位の経済大国にまで発展しました。その間、安価な労働力と中小零細企業を犠牲にした「二重構造」をテコとして、集中豪雨的な輸出を行い、欧米諸国との間に経済摩擦を生み出すことになりました。

このような背景で、昭和60年(85年)には、先進5ヵ国(G5)によるプラザ合意が行われ、異常円高・ドル安が恒常化し、為替面での日本の犠牲による経済構造の調整がすすめられることになりました。その犠牲は、集中豪雨的な輸出を推進した独占的大企業ではなく、関連下請中小企業や労働者へ転嫁され、新たな矛盾を生み出す結果となりました。

その調整を図ろうとしたのが、いわゆる「前川リポート」(首相の私的諮問機関である「国際協調のための経済構造調整研究会」の報告、昭和61年(86年)4月)であり、この「構造調整」によって生じた国内の政治、経済的諸矛盾の解決を図ろうとして設けられたのが第二次臨時行政調査会(土光敏夫会長、昭和56年(81年))です。この調査会の方針に基づいて実行された方針を、「第二臨調路線」といっていますが、国鉄の分割民営化、電々公社の民営化など、貴重な国民の財産を次々と資本に売り渡し、その総仕上げとして「小泉改革」による郵政民営化が強行されました。

これら「構造改革」によって、大企業は史上空前の利益をあげていますが、同時に、中小零細企業は次々と淘汰され、勤労者の賃金は連年減少し続けています。勤労所得の低下は、国内の消費購買力を低下させ、大企業はますます輸出に依存することになります。わが国の財政は大型公共工事や、大企業・大資本家に対する減税により、年々国債の発行を増やし続け、先進資本主義国の中では最大の借金大国となる一方、国際収支では、世界一の債権大国になっています。

これらの政策の背景には、サッチャーやレーガンによってはじめて採用された、新自由主義の経済政策があります。新自由主義は、「経済に対する国家の介入は最小限にして、自己責任において自由な活動を保障し、政治的には政府の役割を最小限におさえ、軍事、外交などを除き、『小さな政府』を実現する」という考え方です。

この考え方の特徴は、政治的には軍事力を背景にした『強い政府』であり、経済的には『小さな政府』で規制はできるかぎり少なく、社会保障やセーフティネットは最小限にとどめ自由競争に任せようというものです。さらに、現にある公共的事業は、原則として「官から民へ」という民営化、規制緩和路線が経済政策の基本になります。歴代自民党内閣が推進してきた国鉄の分割民営化、電々公社の民営化、最近では郵政の分割民営化、社会保障制度の連続的改悪、社会保険制度への応益負担原則の導入などもこの政策の延長線上に位置づけられるものです。

このような政策の強行により、行政機関と国民の間の矛盾は拡大し、行政処分に対する争いも多発するようになりました。行政不服審査法の見直しは、このような社会情勢に対応するために日程にのぼってきたといえます。
不服申立前置主義の強制の行方
権利救済制度の最終的な砦は裁判所です。処分庁(税務上の処分については課税庁=税務署長)に対する異議申立てや国税不服審判所への審査請求は、あくまでも訴訟を提起する前の段階で、行政庁に対して再考を促すための手続きにすぎません。審査庁が処分庁の上級庁であったり、どれだけ執行機関から独立し、第三者的な形態を保っていようとも、それが行政庁による判断の域を出ることが出来ないという点で、内閣を頂点とする行政執行の一部であるという基本的な性格を脱却することはできません。

各種行政委員会や審査会などと同様、国税不服審判所も、国税庁長官の附属機関であり、最終的には国税庁長官の発する法令解釈としての通達に拘束されます。例外として、国税庁長官に意見を求め、その指示があったときは、従来の通達と異なる法令解釈による裁決をすることができますが、この場合は、当然、従来の通達も改正されることになります。

このような通達による拘束は、行政機関である審判所の宿命であって、行政機関の一部である審判所が、個々バラバラの法令解釈で裁決するということになれば、行政の一体性、統一性は崩壊してしまいます。

これに対して、司法機関としての裁判所は、行政機関の法令解釈に拘束されることなく、法律に拘束されるだけですから、行政機関の法令解釈にとらわれずに判決を下すことができます。しかも、裁判官は、独立して権限を行使することができますから、その判断について法的には誰からも非難されることはありません。

もちろん、最高裁による強力な統制により事実上その判断が爾後の昇進などに影響がないとはいえません。これは、日本の司法の後進性といえるもので、政治が大きく変わることに期待する以外にありません。しかも、最高裁判所の判事の任命権は、内閣総理大臣にあり、形だけの国民審査が行われるだけですから、最高裁に絶対的な信頼を寄せることは残念ながらできません。

それにもかかわらず、被処分者が行政上の権利救済を求めるか、直ちに司法審査を受けるかを選択できるという制度上の保障があることは、処分を行う者が、常に司法審査を念頭において慎重な処分を行わざるを得ないという効果があります。たとえば、必要経費の一つを否認するにしても、それが所得税法のどの規定に基づいているのかを正しく説明できなければなりません。また、調査そのものが、税法の規定に則って正しく行われているのかどうかから出発しなければならず、違法な質問検査権が行使されないための防波堤にもなります。違法な調査に基づく処分は、当然違法となるからです。

ところが、異議申立て、審査請求を経た後でなければ訴えを提起できないという現行制度のもとでは、当初の処分は大まかであっても、異議申立て、審査請求の段階でふるいに掛けられ、その処分が裁判に耐えられるかどうかが検証され、「不純物」はとり除かれることになります。さらにいえば、不服申立てができないよう、更正処分ではなく、なるべく修正申告で済ませてしまおうという配慮が働くことになります。こういう実務のあり方が、納税者の権利を著しく阻害していることは否定できません。

修正申告の慫慂は、単なる行政指導であって、それに応ずるかどうかは納税者の自主的な判断に任されるべきものです。強要は往々にして行われていますが、それが立証されないかぎり修正申告は「自主的な申告」とみなされます。ここでは、納税者の高い権利意識が求められます。納得できなければ、更正を受けた上で争える道を確保する選択が必要となります。

不服審査制度に魂を入れるためには、例外という形をとって広汎に認められている不服申立前置主義を完全になくすことが何よりも大切であるといえます。

不服申立前置主義を維持しようとする主な理由は、課税処分のように、大量かつ継続的に行われる処分については、不服申立前置を無くすとすれば、訴えが大量に提起され、裁判所の機能が麻痺する危険性があるとか、課税処分のような専門的な知識や経験を求められるものについては、裁判に先だって課税庁の知識や経験を活用して、裁判の前の段階で解決することが納税者や税務行政にとって利益があるとか、その方が簡易迅速な救済が受けられるなどの理由があげられています。

納税者は、決して行政上の権利救済制度をなくしてしまえと要求しているのではなく、あくまでも選択制にすべきであると主張しているだけですから、前置主義を無くしてもやはり不服審査制度を利用する納税者が圧倒的に多いだろうと思います。

ですから、これらの理由は、不服申立前置主義を強制する理由とはなりません。裁判には弁護士費用などの経済的負担と長い時間が必要です。一審だけでも2年から3年位かかる例が大部分です。裁判に持ち込まれる件数は、現在、200件ないし400件程度しかありません。前置主義を無くしてもこの数はそれほど増えるとは思われません。

そのうえ、税務訴訟で、より重要なことは、その大部分で納税者の主張が斥けられ、課税庁が勝訴していることです。これは、裁判官は法律の専門家であっても税法の専門家ではないということに原因があるように思います。そのため、裁判所には、国税庁から調査官という肩書きの職員が出向で配置され、その調査官が判決に重要な役割を果たしています。

税金裁判においては、理解困難な税法の規定を手間暇かけて読み解くよりも、税法に「精通」した調査官に判決の下書きを依頼する方がはるかに楽であり、調査官の意見に沿って課税庁に有利な判決を書く方が裁判官自身の出世や保身のために有利だという事情も想像できます。裁判官の名誉のためにこれ以上のことは述べたくありませんが、私自身が補佐人として法廷に参加してみて、税務訴訟についての裁判長の訴訟指揮はどうみても納税者を課税庁と対等の立場にあると認めたがらないところがあるように思います。

さらに付け加えるとすれば、税法の規定は、民法や刑法の規定とは違い、一つの条文が数ページにも及び、その中にカッコ書きがあり、他の条文の引用があったりで、そもそも主語と述語がどうなっているかを確認することさえ困難なものが沢山あります。要するに法律としてわかりやすく作られてはいないのです。これは、税法を立案する官僚の国語力の問題であり、それを読む納税者や裁判官の問題ではありません。税法の解釈適用についてこのことを知っておくことも重要です。

納税者の権利を守るためには、国税庁から調査官を派遣してもらわなくとも、裁判所独自の力で税法を読み解く力を具えなければならないと思います。そういう意味では、ドイツのように税金裁判を専門に扱う裁判所を設けることも必要ではないかと思います。もちろん特別裁判所を設けることはできません(憲法76条2項)から、最高裁を頂点とする司法裁判所の一種としての租税に関する専門的な裁判所ということになります。この制度を持つドイツでは、日本と比較にならない程多くの税金裁判が提起され、納税者の権利保護に役立っています。

最終報告書では、この不服申立前置主義については全く触れていません。これは、行政事件訴訟法8条1項ただし書き削除の問題ですが、最終報告書は、行政手続法の関連部分の改正について触れていますが、行政事件訴訟法については何も触れていません。したがって、通則法115条1項の規定によって現行の取扱いが維持されることになるでしょう。
審査機関の独立性、中立性について
第二の問題点は、審査機関を処分庁から独立した機関として、審査の中立性を保つことです。

昭和45年の通則法の改正によって設けられた国税不服審判所は、国税庁長官の附属機関ではありますが、執行機関である国税局や税務署からは独立した組織となっています。

この執行機関から独立した機関であるという形態から、審判所の運営の実態を知らない学者などからは、裁決機関としてうまく機能しているという評価を受けているようです。

現行の国税についての不服審査制度の運用について、検討会の前身である行政不服審査制度研究会の段階での座談会では次のような発言が目を引きます。
国税の制度は、一度処分を打ってから、申立てを受けて見直すという制度構造になっているわけです。そういう意味でも国税関係では認容率が高いというのは当然でしょう。
(ジュリスト06年7月1日、1315号、座談会「行政不服審査制度研究会報告書」について、56ページ、高橋滋一橋大学教授の発言)
この報告書では、国税の不服審査制度は、件数の上でも、認容率の上でもかなりよく機能しているという認識が基礎にあることが窺えます。また、国税については異議申立てと審査請求の二審制をとっていることを知らずにこの報告を読むと、国税に関する審査請求が他の分野に比べて低いという事情が理解しにくいものとなっています。前記の高橋教授の発言も、まず更正を打っておいて、不服申立てがあったら見直しをすればよいという認識がなければあり得ないものです。

異議申立てと異議段階での認容率が高い(前掲の同報告にあるように異議段階での処分の全部または一部取消しの割合が20.8%)ということは、逆の面からみれば、更正処分がいかに大ざっぱに行われているかの証明でもあります。また、国税に関する不服申立ての認容率が、わずか20%前後に過ぎないということは、不服申立てをした納税者の80%もの人達が救済されず、訴訟においても納税者の完全勝訴率は10%にも満たないのですから、国税に関する不服審査や訴訟を通じて納税者の権利救済制度がほとんど機能していないといっても過言ではないと思います。

最終報告では、異議申立て、審査請求、再審査請求など、これまで不統一だった制度を、審査請求に一本化することを提案しています。処分庁が国の機関であるときは、審査請求はその処分庁を所轄する省の大臣または庁、あるいは外局である庁の長官宛とすることにしています。また、処分庁に上級庁がない場合は処分庁の大臣または庁の長官宛の審査請求となります。

ただし、この場合でも、法律に再調査請求をすることができる旨の定めがあるときは、再調査請求についての決定を経た後でなければ審査請求をすることができない旨の例外規定を設けようとしています。これでは、税務上の権利救済制度は、現行の異議申立てと審査請求の二審級制と全く変わらないことになりかねません。

処分庁が地方公共団体またはその機関である場合は、その地方公共団体の長に対する審査請求となります。

国税不服審判所の独立性を確保するためには、国税庁長官の附属機関ではなく、すくなくとも財務大臣の附属機関として、国税庁から完全に切り離すことが最低限必要なことです。それと合わせて、国税庁との人事交流を禁止することも同じように重要な課題です。

この点について、自民党の司法制度調査会の提言でさえ次のように述べています。
国税不服審判所については、二重の前置主義が採られていることもあり、判断者の中立性・公平性・法律専門性を確保するために、法曹有資格者を増加させ、関係省庁の人事ローテーションから切り離すなどして第三者性を高める必要がある。また、国税通則法99条の国税庁長官の指示は、きわめて特異な制度であり、その存在意義を根本的に見直すべきである。
また、二重前置主義の在り方については、行政不服審査法の改正の中で改革が求められる。
この提言の「法曹有資格者を増加させ、関係省庁の人事ローテーションから切り離すなどして第三者性を高める必要がある」という指摘は評価されてよいものですが、審判所内で実際にその運営に携っている裁判官出身者が、その中でどのような役割を果たしているのかは必ずしも明らかではありません。

たまたま、昨年3月に判例タイムズ社が国税不服審判所の編集になる『国税不服審判所の現状と展望』と題する単行本を出版しました。これは、必ずしも行政不服審査法の見直しの動きを前提として、審判所の実績をアピールしようとしたものではないように思われますが、運用の実態を知る上で貴重なものです。

「はしがき」では、「国税不服審判所としては、広報活動の一環として、本書を編集することとした」としています。ただ、第4章では、「外からみた国税不服審判所」と題する章も設けられ、判事・大学教授(元審判官)、弁護士などが意見を述べていますが、他の章は全部国税不服審判所の職員が執筆していますので、国税不服審判所の実態を知るのには有用なものです。

その第3部に「適正・迅速な裁決の実現に向けて」という座談会が掲載されており、裁判官経歴を持つ大阪審判所長、名古屋審判所審判官などが、審査請求に所長審判官や法規審査部門の審判官が、担当審判官や参加審判官以外に当初合議、中間合議、最終合議などに参加し、アドバイスないしは指示を行っていることが語られています。

審査請求の審理は、通則法では、審査請求書が提出されたらそれを処分庁に送り、答弁書が出された段階で担当審判官と参加審判官2名以上が指定され、この3名以上の審判官の合議によって爾後の審理が進められることになっています(通則法93条ないし98条)。これは、裁判所における裁判長と右陪席、左陪席などの関係と同じ筈です。この裁判官は、事件を担当すると、所長その他の者からは一切の干渉を受けないで、独立して裁判を行います。判決書には、もちろん裁判長と陪席判事の氏名が書かれ、判決に対して責任を持ちます。

ところが、審判所においては、担当審判官が誰であるかが審査請求人に通知されるだけで、合議体を構成する審判官が誰であるかを知ることはできません。審査請求人が意見を陳述したり、文書の閲覧請求をした時に顔を出すのは担当審判官だけで、他の審判官は一切明かされません。この場合、署長や副署長と審判官の人事交流があるとすれば、処分庁である署長などが、参加審判官として合議に参加していることもあり得ますが、それを防ぐ手段は全くありません。

そういう問題はあるとしても、上記のように、いわば審判所が「総ぐるみ」で審理に参加しているとすれば、担当審判官と参加審判官の合議体という通則法の規定は、事実上機能しなくなってしまいます。

判事出身の審判官は、それぞれの部門で積極的な役割を果たしていますが、主として所長や法規審査部門に配属され、上記のように実地に積極的に参加し、裁決の作成に関与しているのが実情のようです。しかも、裁判官出身のある審判官は次のような発言さえしています。
審判所につきましては、これが第三者機関であることから、職権調査は抑制的に行うべきであるという意見もあるようですが、争点主義の審理をしている以上は、必ずしもそこまで遠慮することはないのではないかと思っております。権利救済機関といえども、適正な判断をするのに必要な限度では調査は躊躇してはならないと思います。遠慮せずに、請求人に対して疑問点、聞くべきことは聞く、調査すべき点はすることが必要ではないでしょうか。
この座談会で特徴的なことは通則法97条1項(審理のための質問、検査など)に定められた「審査請求人若しくは原処分庁(以下「審査求人等」という。)又は関係人その他の参考人に質問すること」、「帳簿書類その他の物件につき、その所有者、所持者若しくは保管者に対し、当該物件の提出を求め、又は、これらの者が提出した物件を留め置くこと」、通則法96条2項(原処分庁からの物件の提出及び閲覧)の「審査請求人は、担当審判官に対し、原処分庁から提出された書類その他の閲覧を求めることができる」という、審査請求人の重要な権利の行使に関する部分については全く触れられていないことです。

この点についての疑問は、第4部の「外から見た国税不服審判所」の第三論文(弁護士山本洋一郎)にも、「原処分庁提出の証拠書類の閲覧制度の不備−その1、その2」、「審判官収集の証拠書類の開示の不備」で批判が加えられていますが、これについての「回答」にあたる論文や発言は見当たりません。

どのような基準で法曹から審判官が任命されるのかわかりませんが、以上のような実態だとすれば、法曹有資格者の任用が、本当に審査機関の独立性、中立性を保障するものになるのかについては疑問を持たざるを得ません。ただ、国税庁長官からの独立だけは、中立性を確保するための絶対条件であるといえます。
異議申立てと審査請求の二審判について
最終報告では、原則として審査請求に一元化するとしていますが、例外として、「当該処分について再調査請求することができるときは、審査請求は、再調査請求についての決定を経た後でなければすることができない」としています。その理由として次のように述べられています。
処分に関する不服が要件事実の認定の当否に係るものであって、かつ、その処分が大量に行われるもののように、処分担当者等が相手方等の申立てを契機として要件事実の認定に関して再調査する必要が特に大きい特別な類型については、審査請求手続をとる前に、処分の事案・内容を把握している(できる)処分担当者等が審査請求より簡易な手続により改めて処分を見直すことに意味があると考えられる。また、このような簡略な手続により迅速に判断を示すことは、国民の権利利益の迅速な救済に資するものである(第1章総則の第2「不服申立ての基本構造」の説明文のうち「3不服申立ての基本構造の例外」についての理由づけ)。
この説明は、審査請求の前段階としての異議申立ての強制について、これまで何度となく聞かされてきた理由です。この発想でいけば、更正処分の担当者が再調査請求について改めて調査し直すことになります。ここで再調査請求の取り下げを強要されたり、改めて調査のやり直しするぞという圧力がかけられたりする可能性があります。最終報告は、税務行政の実態を知らない机上の空論と批判されても仕方ないでしょう。これが、更正処分のように「大量に回帰的に」行われる処分を念頭におかれたものであることは容易に推測されます。最終報告について、国税当局が猛烈な巻返しをはかったとみられるところです。

これでは、少なくとも、現在の異議申立てよりも大きく後退することになります。
審理員の設置で公正が保てるか
最終報告は、審査請求に一元化するとともに、処分庁に上級庁がないときは、処分庁に対する審査請求を予定しています。この場合、審査庁は当然、当初処分の処分庁ですから審理の公正が保てるのかという問題があります。この問題を解決するために考案されたのが「審理員」の制度です。

審理の公正らしさを保つために、審査請求の審理は、裁判に近い「対審的な構造」をとることとしています。審査庁が処分庁であるときであっても、処分に直接関わっていない、中立的な立場にある職員を「審理担当官」として、その前で処分担当者と被処分者が、お互いに意見を述べたり質問をしたりできるようにしようとするものです。これは、これまで独立の第三者機関だという看板をかかげてきた審判所でも無かった新しい審理方式です。

審判所では、担当審判官が審査請求人に対応して、原処分庁から提出された処分の根拠となった書類(実際は、後から整理してワープロで打ち直した無味乾燥なABC式の同業者比率など)を見せてくれたり、審査請求人の意見を聞いたりしましたが、審査請求人が処分庁に質問したり、直接意見を述べたりすることはできませんでした。それからみると、この対審構造による審理は現行の行政不服審査法や通則法に比べると前進となると評価して差支えないでしょう。

ただ、最終報告書で問題なのは、「第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき、その他正当な理由があるときは、閲覧を拒むことができる」としていることです。裁判でもここが最大のポイントで、推計課税事案では、ABCD方式の同業者比率が示され、それがどこの業者なのか、そもそも審査請求人と類似性があるのかさえ反論ができないのが現実です。しかも、それが、審査請求段階でいとも簡単に差し換えられ、あるいは、訴訟段階においてさえ差し換えが行われ、裁判所もこれを認めていることです。反論不能の同業者比率が、はたして有効な証拠となるのか、根本から問い直されなければなりません。
証拠資料等の謄写
残念ながら、審理員の手許にある証拠資料等について謄写が認められるかどうかについては、最終報告は結論を出していません。「証拠書類等の謄写も認めるべきであるとの強い意見もあったところであり、立法時までに検討の上、可能であれば必要な措置が講じられることが望まれる」とされています。

国税不服審判所の審査請求手続で、最も腹立たしいのは、処分庁から提出された資料等は閲覧させるけれども、コピーはさせないというやり方です。謄写についての手続規定がないというのが理由です。そこで、やむを得ず、それを手で書き写して反論書を作成するという、考えただけでも馬鹿バカしい無駄な努力を求められているのです。担当審判官はそれを平然として眺めているという、およそ前近代的な手続がいまだに続いています。これは、もう審査請求人に対するいやがらせ以外の何ものでもありません。こんな前近代的な手続きは直ちに改めるべきです。
行政不服審査会の役割
最終報告は、新たに分野横断的な「行政不服審査会」を、国と地方にそれぞれ設けることとしています。地方の審査会は、地方自治体の行う処分についての審査請求に対応するものですから、ここでは、とりあえず国の処分に係るものについてだけ検討することとします。

審査請求人から申出があるときは、「審理員意見書及び審査庁の意見書を......審査会等に提出しなければならない。」とされています。審査会等とされているのは、地方自治体に設けられる審査会は、条例によって設けられるものであり、一概に審査会と位置づけることはできないためと思われます。説明では「第三者機関が審理に関与する」ことによって裁決の公正を保つためとされています。

審査会等は、合議の上、審査会の意見を審査庁に通知することとしていますが、この審査会の意見が裁決を拘束するのかどうかについては結論を出してはいません。「審査庁は、審査会等の意見を踏まえて裁決することになる」と書かれていますが、拘束力については触れていません。立法までに検討して結論を出すということのようです。
審査請求期間−どこまで伸長されるのか
審査請求期間は、現行の「処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内」(行政不服審査法14条1項)から、「処分があったことを知った日から3ヶ月」以内に、約1か月延長される予定です。

取消訴訟が、「処分又は裁決があったことを知った日から6ヶ月」とされているのと比べて、たとえ、1か月延長されたとしても決して十分とはいえません。一般の納税者などにとって、更正処分などは恒常的に行われるものではありませんし、不服申立期間や出訴期間について十分知識があるわけではありませんから、できるだけ不服申立て期間は長い方が権利救済制度としてはいいにきまっています。直接、訴訟をできる処分については、出訴期間は6ヶ月(行訴法14条1項)あるわけですから、期間の公平性という観点から出訴期間と同一とすべきでしょう。

この問題は、税法上の処分の除斥期間である3年、5年、7年等と比較しても著しく均衡を失しているといえます。

なお、現行の異議申立てにあたる再調査請求の請求期間も3ヵ月とされ、再調査請求に対する決定が出たあとの審査請求期間についても最終報告は何も述べていません。立法までの検討事項となっているようです。
法案作成までに活発な検討を
以上、今年7月に発表された行政不服審査制度検討会の最終報告に添って主な点だけを検討してみましたが、紙数の関係で触れられない問題もありましたし、私の読み違いもあるかも知れません。

ただ、昨年3月の研究会報告書から最終報告に至る間に、国税庁の意見がかなりの程度採り入れられているように思います。たとえば、審査請求に先立つ「再調査請求」などは、国税上の更正処分を念頭においているようですし、もしそうだとすれば大改悪になりかねません。

行政不服審査法の改正に連動して、通則法の不服審査に関する規定も大幅に改定される可能性もあります。そういう意味で、今後また再改定されるまでには10年以上の期間があるのではないかと思われますので、法案が作成される前の段階で活発に意見を提出していくことが必要だと思います。

本稿が、そのために少しでも役に立てば幸と思います。
参考文献
  1. 法務省行政不服審査制度検討会「行政不服審査制度検討会最終報告ー行政不服審査法及び行政手続法改正要綱案の骨子」(平成19年7月)
  2. 日弁連「行政不服審査制度に関する改正案(行政活動是正請求法案(仮称))」(平成17年4月)
  3. 行政不服審査制度研究会「行政不服審査制度研究報告書」(ジュリスト、平成16年7月1日、1315号)
  4. 自民党、司法制度調査会「21世紀社会にふさわしい準司法手続の確立をめざして」(平成19年3月20日)
  5. 法律時報(平成19年8月号「行政救済法の展望と課題」(特集))
  6. 『国税不服審判所の現状と展望』(国税不服審判 所編、判例タイムズ社・平成18年3月31日)
  7. 永尾広久「税務事件における不服審査の現状と課題」(「自由と正義」58巻7号)
  8. 国税庁編「第129回国税庁統計年報書」(平成17年7月)
  9. 福島久一『経済政策論の基礎』(勁草書房平成19年9月)
(せきもと・ひではる)